母の大腸ガン ①

3年程前、朝早く母からの電話で、
『私、死んじゃう。』
と、何事かと聞くと、
『腸が出て戻らなくなった。』
私にはどういう状態か検討も付かないまま、直ぐに救急車を呼んで、病院へ行くように伝えました。

それから又直ぐに電話がかかって来て、
『家に一回帰る。』
と言うから少し落ち着いたのかと思ったけど、直接病院へ行くように言い、自宅から近い病院へ行こうと思い、待ち合わせる約束をしました。

その頃の母は、自宅の最寄駅から電車に乗り1時間程の場所で、朝早くから午前中のパートをしていました。
1人で行う仕事なので、頼れる人が周りに今いないだろうと思えて、近くのコンビニで救急車を呼んでもらうように言ったのですが、自宅まで帰りたい気持ちになったようです。

私も慌てて母の元へと向かいましたが、電車を乗ろうとしたところ、又電話が鳴り、
『気持ち悪くて、電車を降りた。』
と、駅員さんに救急車を呼んでもらうように言い、駅名を聞き私も向かいました。


母は仕事場近くの駅名を言いました。

駅に着いて、駅員さんに聞くと、そういう人はいなかったと、最寄駅も聞いてみましょうと、調べに行こうとする時に、妹から電話が来て、次の駅で救急車を呼んでもらい、○○病院へ入ったとの連絡でした。
駅員さんにお礼を伝えて一駅戻り、病院に向かいました。

妹の電話で、母は意識はあると聞いたので、私も少しは落ち着くことが出来ました。

妹は来るとしたら車なので、家で待機して、母の携帯に電話をずっとしていたそうです。
救急隊の方が電話に出て話してくれたそうで、私の行き当たりバッタリに比べると冷静でした。


病状は鼠径ヘルニア(脱腸)男性に多いそうですね。股関節の間から腸が出てきてたようです。
かなりの病院嫌いの母は、数年脱腸を出ても手で体内に戻して暮らしていたようです。
私達は知りませんでした。


それが今回戻らなくなり、外に20センチ程の球体状になり、病院に運ばれました。

腸を体内に戻される時にかなりの痛さがあったようですが、治療後3時間程待ち、やっと母に会うと、痛みも無くなったようで、とても疲れた様子で
『死ぬところだった』
と言い横たわっていました。

家まで戻っていたら壊死や、腸閉塞を起こす可能性も高く、危なかったでしょう。早く処置して頂き、命をつなげる事が出来ました。良かったです。

医師は、この原因を調べてくれました。
そこで、大腸ガンが見つかり、それも腸をすでに塞ぐ程で、そのまま入院となり、鼠径ヘルニアを後回しにして、ガン治療がはじまりました。


長くなりましたので、次回続きを書かせてもらいます。

ちなみに、母は今、独身の弟と二人暮らしでとても元気です。


《今日の作品》
一昨年前に作った干支です。
少し手間がかかったのですが、年末、出産里帰りしていた娘にも手伝ってもらい、100個以上作りました。
昔のお馬遊びの形です😊
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