老人ホームを見て②

今回は9年前に亡くなった父の時の話をさせて頂きます。


父は病院嫌いで、前々から糖尿病を患っていたのですが、通院や投薬をせず過ごしていました。


だんだんと歩くのが不自由になる父を訪ねる日も多くなったのが、私が乳がんになった頃です。


一度病院で、糖尿病の為入院もしたのですが、入院途中で家に帰ってしまった事があり、その後益々病院嫌いになっていました。


足の甲が浮腫んで膨れ、電気ストーブで低温火傷も気がつかないほど感覚も鈍り、一人で歩けなくなり、やっと病院へ行くと言ってくれました。


でも、そこまで悪くなった身体は、元に戻りません。


近くの病院へ行きましたが、直ぐ入院となりました。
余り評判も良くなく、綺麗だとも言えない病院でした。でも、父の家から歩ける距離でしたので、家族は良いと思っていました。


3カ月後に又病院を代えなければならならず、入院していた病院の紹介があり、大きな綺麗な病院へと移りました。


看護師さんも若い人が多く、とても居心地も良さそうでした。
その病院で腎臓が弱まっているとの事で、人工透析を勧められ、することになりました。


又、3カ月ほどで転院を促され、ケアマネージャーと相談して、勧められた観光地にあるホームに入ることになりました。


病院から、救急車で父をホームへと運んで貰えました。
父も、海が見えて、温泉が入れて、魚が美味しいと言われていたので期待していました。


病院に入院していた頃は近いので、毎日のように母がお見舞いに行っていましたが、仕事も続けている母なので、片道2時間位かかるホームへは月に2、3回通うのがやっとです。
一人で行かせる事も出来ず、必ず姉妹の誰かが一緒に行きました。


ホームでの様子はお見舞いの時にしか分からないのですが、綺麗なホームでしたが、人手不足も感じられ、差入れに父の好きなものを持って行くと怒られました。


父もみるみる痩せて、機嫌が何時も悪く、月に払う入院費も父の年金では足りないほどでした。


区役所に特養(特別養護老人ホーム)の事を相談に行きましたが、人工透析をしているので、特養は申し込めませんでした。
でも、市内の人工透析をしてくれる病院のリストをくれました。


全て電話して聞きました。
30箇所ほどあった病院の中で受け入れてくれる病院は3箇所、その中の1箇所を交通の便を優先して選び手続きをして、2ヶ月後にその病院へと移りました。


帰りは救急車は使えません。
ワンボックスカーに布団をひいて、寝かせて帰って来ました。
体調が道中心配だった、その日の事は強く記憶に残っています。


選んだ病院はとても古く6人部屋です。
でも、毎日のように、又母はお見舞いに通い、看護師さんも優しく、入院費も病院の値段ですので安く、父も満足して貰えたので、戻って来て良かったと思えました。


でも、その約1ヶ月後に亡くなりました。


人工透析は、年を取ってから始めるには身体の負担が大きいのでは?と思えました。
人工透析を終えると、疲れきって長い間息を切らせていました。


身体の負担を強くさせてしまった事が悔やまれます。
友達も、親がもう数日だろうというのに、勧められるまま抗がん剤を投与して、吐き気に苦しむ姿を忘れられないと言っていました。
身体に負担がくる延命治療は、後々まで考えさせられます。
自分の時の為にもです。


病院とホームの繋がりも感じられた事です。
行きはとても手を尽くしてくれました。


金銭的に思うと、病院を3カ月ごとにでも転院をすれば良いのかもしれません。
病院も自分で探せます。
私は老人ホームを見て、そう思えました。
思い通りにするのは、気力と労力がいりますけれど。


あくまでも自論です。
全てがそうではないとは思います😊



《今日の作品》
パステル画です。
下手なんですが見てください💦💦
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